カナリアるーむ こころの相談室

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ハンガーと節目

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物干しハンガーが壊れた。
プラスチック製のありふれたものだが、毎日よく使った。一つ減っただけなのだが、干すときにへんな違和感がある。干しながら、数字のマジックか?などとどうでもいいことまで考えた。体が覚えたあともう一枚分の物足りなさもあろうが、それだけでもない。しばらく違和感と付き合っている内、思い出したことがある。

 

人から言われないと自覚もないし自慢でもないが、物持ちがよい方なのか、使い出すと少々見栄えが悪くても壊れるまで使うくせがある。私の面接にいらっしゃった方でお気づきの方がいるかもしれないが、よくよく見ればバインダーも角面が剥げて中身の芯紙がはみ出しかけている(失礼お許し頂きたい)。この分野に入ったころからずっと使って、座学も演習も試験の日も、働き始めてからもこれを片手にしてきたせいなのか、馴染みがありすぎて今更どうにも捨てられないのである。

 

ハンガーに話を戻すと、これは18歳から使っている。100円均一などそのころには少なかったから、安物ではなく品質はそこそこよかったのかもしれない、日には褪せたがよく働いてくれた。思えばこれで何千枚干したのか。自分のはもちろん、家族のも干した。赤ん坊だった子の服も気づけばサイズが大きくなって、まさに壊れる当日までこれに干していた。

 

先日、近所の店でマスクの顔を寄せ合って小声でああだこうだと議論しながら日用品を買う学生さんと親御さんに出会った。なるほど新生活用品選びらしい。お母さんが、こっちがいいわよ、お嬢さんが、色が嫌だわとか、真剣にやっている。

 

あ、これだ、と気がついた。
このハンガー、その昔、一人暮らしをはじめる自分と付き添いの母とで駅前スーパーで買ったのだ。3本セットを2組、ピンク色。今なら白とか黒とかおしゃれでクールな色もあるが、ぼやけたようなピンクしか置いていなかった。当時女性がする家事とされているものの関連品は、たいがいピンクか、あっても水色だった。
ハンガーなんか、クリーニング屋さんの針金のでいいし、と言ったら、母は5つくらいはいるわよ、部屋狭いんだから何でも掛けておいたら?と。

 

ハンガーを買って、まるで練習のように試しで洗濯をして、部屋の長押だか鴨居だかに紐を張り、干した。その日、母と二人その下宿の部屋で並んで寝た。母は翌日帰った。

さほど別れを惜しむような仲良し母娘でもなかったし、人並みに反抗期もやって、田舎も世間の干渉も全部面倒でさっさと家を出たかったくせに、なぜかその日のことをやたらよく覚えている。翌日は新幹線までタクシーに乗った母の、後部座席から身をひねって手をふる姿も、妙にリアルに記憶している。私の方は映像ばかりであるが、母は母でもう少し感傷に来ていたとかで、もう随分経ってから「あれってほんとに別れって感じだったねえ」としみじみ言っていた。

 

人生の節目など、意外とささやかだったりもする。入学卒業や就職・冠婚葬祭などと大きい呼び名のつくことだけでなく、予期しないところにもぽっと現れたりする節目があるが、だいたいこの手のものはあとから気づく。
つまるところ自分の思春期の、あれがほんとうの最終日だったんだろう。

布団に仰向けになって眺めたあの夜の、室内干しの洗濯物。妙に静止画ばかり。ところが母のほうではちゃんと感情記憶が伴っている。その辺は、当たり前だが母は私よりもやはり経験ある大人だったということだろう。18の若造のほうは新生活への期待と不安に巻かれるの図であったが、それを表す言葉はない、おおかた年相応ではあるが、あの静止画はそうとは知らずに迎えた分離独立の瞬間活写だったのだろう。

 

こんな些細な風景に、実は人の思いが宿る。日常使いの物品に人の履歴が残る。
皆さんも、言葉は大事だが、言葉だけでもないとお気づきであろう。言葉にはならないが、なぜかせり上がってくる感覚、画像、心的動画はないだろうか。もしあるとすれば、それもふりかえる材料にしてほしい。あなたがあなたに、なにかを知らせようとしているかもしれない。

 

とそんなこんなで紆余曲折、ハンガーは結局テープを巻いてまた使っている。私の古物執心は相変わらず治りそうにない。まあ出発点からここまで人生共にしてきたのだから、せめて笑って労りつつ、末永く付き合ってゆこうではないか(?)。

 

今月も黄色い小鳥の看板を下げて、ご来室をお待ちしております。外も過ごしやすくなってきたこの頃、どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。