カナリアるーむ こころの相談室

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銭湯

寒くなってくると広告や旅番組で温泉がよく目に入る。皆さん、銭湯はお好きだろうか。

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銭湯は密かに人気で、若い方が経営を引き継ぐなどの話題も絶えないが、私が温泉や銭湯を楽しいと思えるようになったのも最近のことだ。以前は家の風呂で十分だったし、そんなに得意な場所ではなかった。

その昔、母から言われた銭湯の作法というのがあって、これがなんとも厳しかった。湯の掛け方、バシャバシャ飛び散らかさないための姿勢、桶や手の位置、タオルのしぼり方など、今から思うと小さい子供相手になんで?というくらいの口調であった。母によれば、母の子供時代にはそのように仕込まれるものだったらしい。私が嫁ぎ先で恥をかいてはならないから、と初めて連れて行った日に意気込んだのだという。

 

しかしそもそも嫁などという立場で銭湯でどうこう評される場面など、結局なかった。そんな時代である。それに拍子抜けするほど、洗い場の隣人は特に気にもせずじゃんじゃん流しているし、後ろ背中合わせの御方のシャワーの湯が直撃したことも何度かある。が、たいていこちらもとがめないし向こうも気づかないでいるし、多分「あ、すいません」「いえいえ」で終わる。今の時代は、(最低限マナーは必要だが)家族連れも多いスーパー銭湯など、外でのお風呂はゆっくり楽しく入れば良く、母の仕込みはあまり役に立たなかった。

 

ただ、どんなに立派な肩書や経歴でも美しい身なりをしていても、裸のお湯場で無作法をすると、次に服を着たときに会ってももう輝きはない、と言われたことだけは心に残った。

 

これは、ある看護師さんのお話だが、その方は、どんな嫌な人でも、一回は検査着や病院着、ときにはそれもとった姿で想像してみると苛立ちやムカムカがちょっとどこかへ行くのだとかいう。それに似たところがあるかもしれない。

 

健康のため、疲れをとるという目的もあるのだが、実をいうと、「人」が「ヒト」になっている場所…どこそこの〇〇さんでも、どこかの偉い人でも、某の学校に行っている人でも、どこかの社員でもなんでもなく、全員が全部脱ぎ捨てて裸ん坊という場所なのが無防備でどこか面白い。ぬるめのお湯で全体を見渡していると、あの人もこの人も自分も貴女も、一体何の違いがあるのだろうと気が楽になる。

 

いやしかし、自由でいたいから堅苦しい所属も金もいらないかと言われれば、要らん…と強がれるわけではない。

「よく『本当に価値あるものはお金では買えない』と言う人は多い。だがそうした決まり文句は、その人が本当にお金に困ったことがない証拠だ」と言ったのは、ギッシングという英国の作家である。絶望の内に経験した、地響きがするような、ある種の名言という気がする。

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…と、そんなことをぼんやり考えながら湯舟に浸かっていると、そろそろつい先程まであった頭の中の騒がしいことのスイッチが一つずつ切れていくのがわかる。

そうだ。屋根があって、食べ物があって、服と寝るところがあったら、あとはもう何でもあり、人生オプションだと思えてくる。だんだん細かいことが湯気に紛れてまあいいやという気になってくる。そう、この状態になれたら、今日はお疲れ様。一旦ひと休みの時。

 

隣のロッカーで「出たら体を拭いて、ちゃんとできたら、アイスだよ」どこかのお母さんの声が聞こえてきた。ぱあっと顔が輝く小さなお子さん。その横で…さあ私も何か飲もうか。

がんばるのはまた明日。


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